2009-07-25
能「融」 (国立能楽堂)

<開演前の国立能楽堂>
古くからの友人のご好意で金春流櫻間右陣によるお能「融(とおる)」を観る機会を得た。世阿弥の傑作のひとつとされる「融」は源融が造営した六条河原の邸宅跡を舞台に、陸奥の塩竃を模したといわれる庭園の美しさや往時の煌びやかで風雅な日々を懐かしむという、ある意味たわいもない内容の曲である。その実、美しい詞章によって謡われる当時の六条河原院やそれを取り巻く京都の山々の明媚な景色を想い浮かべるうちに、なんとなく自分までもその時代にタイムスリップしたような不思議な心持にとらわれる。そして、中入の後、シテが月影に誘われるように軽やかに舞い始め、得も言われぬ恍惚感のようなものが漂うのも束の間、融の霊はあっという間に月光の中に消えて行く。後には幻想によって高揚した気持ちと二度と戻らぬ過去への寂寞感の双方が心に残る味わい深い曲であった。
「能」はまだまだ観始めたばかりで、本当のところは未だよく分からない。ただ、美しい能舞台、舞台ごとに個性的溢れる老松、華やかな装束、幻想的な笛や鼓の音、躍動感あふれる謡など「理解」とは別に五感に訴えるものの心地よさにはいつも感激させられる。だから、睡魔との戦いの連続になることがどんなに分かっていようとも能楽堂に足を運ぶことにはいささかのためらいもない。
故 櫻間道雄二十七回忌追善 櫻間右陣之会 於 国立能楽堂 (090725)
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